「ところ」復活と地方の魅力

松の内の新年行事のひとつ
「ところ」祝い高砂の謡を上げる
行事が無事に終わりました

コロナ禍の中では
出来ずじまいだったので
実に5年ぶりの開催でした

経験者の子どもたちも卒業してしまって
実際どうなるかまったく見当もつかない
そんな状態からのスタートでした

当日は神社で宮司様の計らいで
特別にお祓いをしていただいた後に
奉納させていただいてスタート

その後お寺さんを回ったり
地域の事業所なども回らせていただき
最後には公民館で地域の皆さんに
披露させていただきました

初めてごとだらけの子どもたちでしたが
無事に大役を務めてくださいました

皆さんから「浄化されました」とか
「子どもたちが神々しくて涙が出ました」
とまで言っていただきました

本当に美しいうた声で
神々しくて感動的でした

こんなの古い風習で面倒だと
思う人もいるかもしれません

でも確実に地方の魅力が
なくなっているのは
このような地域の生活に
根ざした活動が衰退したからだと
シムコノイエは考えます

イタリア人だったら

「オラが村が世界一!」
「マンマの料理が世界一!」と
イタリア人同士で競うくらい
地元愛が強く家族思いだったりするのですが、、、

そんなイタリアだからこそ
地方の村村も魅力的なところが
たくさん残っていることに
繋がっているのだと思います

日本の町や集落に魅力が
ないはずはありません

学生たちが自分たちの
生まれ育った地域の魅力を語れない日本に
どうしても危機感を覚えてしまいます

それってただ家はあって家族はいるけど
ただ家があって育ちはしたけど、、、
無関心なんて、、、

大なり小なり
気候も違うし
降水量も違うし

土の色も植物も違います

採れるものが違うし
産業が違うし
歴史も文化も少しずつ違って
大きい括りでは日本が出来上がっています

その凄さをわかっている世界中の人が
日本をリスペクトしているのに
当の日本人が無頓着なんて勿体無いですよね

諫早長崎にはまだまだたくさんの魅力があります

それこそが土地に立つ家のカタチとなり
地域と共に暮らしがそこに生まれていきます

そんな繋がりの中でしか
本来人間は生きられません

苦楽を共にできる仲間がいてこそ
暮らしはもっともっと充実すると
シムコノイエは思っています

大切な想い出を子どもたちや
家族で分かち合うのはもちろん

たくさんの記憶を地域のみんなで
分かち合うのがいいなと思います

今回たくさんの経験をさせていただきました
地域の皆様に感謝しかありません

そして子ども会活動を支えてくださる
保護者の皆様に感謝です

それではよい一日を♪